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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9712号 判決

原告 宮嶋茂

右訴訟代理人弁護士 中西彦二郎

右同 飯原一乗

被告 横井産業株式会社

右代表者代表取締役 横井英樹

右訴訟代理人弁護士 金子光邦

右同 松崎勝一

右訴訟復代理人弁護士 浅野元広

右同 佐藤公輝

主文

一  被告は原告に対し金四六四万六一二九円の支払をせよ。

二  原、被告間の別紙物件目録(一)記載の土地に対する昭和五四年五月一日以降の賃料が月額金一九万一九五三円、同年九月四日以降の賃料が月額金二〇万七〇二一円であることを確認する。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二は原告の、その一は被告の各負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一三五六万五七四五円を支払え。

2  原、被告間の別紙物件目録(一)記載の土地に対する昭和五四年五月一日以降の賃料が月額金四三万九一八五円であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第一項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告に対し別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)を賃貸しているところ、これは、当初普通建物所有を目的とするものであったが、被告は、昭和四五年一月頃東京地方裁判所に借地条件(堅固な建物所有の目的に)変更の申立をし、同裁判所は同年八月二七日これを認容して借地条件変更料金一八一一万二〇〇〇円の給付を命ずるとともに、本件土地の賃料を同裁判確定の月の翌月から一か月金五万一七五〇円とする旨決定し、これは同年九月一九日確定した。

なお、被告は、昭和四九年本件土地および隣接地(別紙図面七九番、八〇番の各土地)にまたがる別紙物件目録(二)記載の建物を建築し所有している。

2  その後、毎年のように固定資産税等の諸税をはじめ諸物価が高騰したので、原告は、被告に対し昭和四六年から昭和五一年まで、毎年三月に同じ年の四月一日からの賃料を別表(一)適正月額欄記載の賃料に増額する旨意思表示した。

3(一)  原告は、昭和五一年一一月五日被告を相手どり本件訴(被告の賃料不払の故に本件賃貸借契約が同日解除されたことを前提に本件土地上の前記建物部分の収去、本件土地の明渡を求める訴)を提起し、同時に右解除後右明渡までの損害金として、月額金六九万円の割合による金員の支払を求めた。

(二) 右賃料相当の損害金を求めるについては、適正賃料額の主張をしており、それはもし契約解除による建物収去土地明渡の請求が首尾よくいかなければ、そして契約が存続しているならば、賃料としてその増額された金額を請求したいという意思を含むから、その訴訟係属中は、固定資産税の増額その他諸般の事情の変化に応じて算出された金額に増額請求されたものとみなすべきである。

(三) 原告は、昭和五三年一〇月三〇日付準備書面で、予備的に前記解除が認められない場合をおもんぱかって昭和五二年四月一日以降の賃料は月額金三九万八八五円、昭和五三年四月一日以降の賃料は月額金四二万五三八五円と各主張した。

また、昭和五四年九月四日付準備書面において、昭和五四年四月一日以降の賃料は月額金四三万九一八五円と主張した。

したがって、昭和五二年四月以降の賃料は、別表(一)適正月額欄記載の賃料額にそれぞれ増額されたとみるべきである。

(四) 仮に右(二)の主張が認められないとしても、本訴提起後は、原告が昭和五一年九月一日付内容証明郵便で被告に対し同年四月一日以降の賃料分として請求した月額金三二万一八八五円の範囲内で、また昭和五四年九月四日付準備書面の到達(同日)後は月額四三万九一八五円の範囲内で増額請求は認めらるべきである。

4  被告は、本訴提起前別表(一)の(Ⅰ)被告供託額欄記載のとおり合計金一一七万三〇〇〇円を供託し、本訴提起後に同表(Ⅱ)同欄記載のとおり合計金一二三九万二七四五円を供託した。

5  よって原告は、被告に対し昭和四六年一〇月から昭和五四年四月までの賃料残額金一三五六万五七四五円の支払を求めるとともに、同年四月一日以降の賃料が月額金四三万九一八五円であることの確認を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1は認める。

2  同2のうち、原告がその主張どおり増額の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。

原告は、増額すべき額を明示していない。

3  同3の(一)は認める。

同(二)は争う。

同(三)のうち、原告主張の各準備書面においてその主張のとおり賃料額の主張をしたことは認めるが、その余は争う。

同(四)のうち、昭和五四年九月四日付準備書面が同日被告に到達したことは認めるが、その余は否認する。

4  同4は認める。

ただし、別表(一)被告供託額欄(9)の金員には昭和五四年五月分の賃料も含まれている。

5  同5は争う。

三  抗弁

被告は、原告に対し賃料の支払として、昭和五〇年八月一八日東洋郵船株式会社振出しの額面金四九万六八〇〇円の小切手および昭和五一年五月七日同社振出しの額面金四三万四七〇〇円の小切手を交付した。

四  抗弁に対する答弁

原告が右各小切手を受領したことは認めるが、その余は否認する。

原告は、右各小切手の取立をしていないから、弁済(賃料債務消滅)の効力はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1の事実、および同2のうち、原告が被告に対し昭和四六年から昭和五一年まで毎年三月に、同じ年の四月からの賃料を増額する旨意思表示して来た事実は、いずれも当事者間に争いがない。

また、同3の(一)の事実も当事者間に争いがない。そこで、原告は、要するに損害金の請求にはもし解除が認められないならば賃料としてその増額された金額の請求をしたいという意思も含まれている旨主張するが、不法占有を原因とする損害賠償請求と賃料増額請求とはそれぞれ法律要件、性質を全く異にするのであるから、当然には原告の主張のように解することはできない。したがって、原告が昭和五三年一〇月三〇日付準備書面(記録によれば、同日被告代理人がこれを受領したことが認められる)において、解除が認められない場合をおもんぱかって、予備的に昭和五二年四月一日以降の月額賃料は金三九万八八五円、昭和五三年四月一日以降の月額賃料は金四二万五三八五円と主張し、また昭和五四年九月四日付準備書面(同日被告に到達)で同年四月一日以降の賃料は月額金四三万九一八五円と主張したことは、いずれも当事者間に争いがないところ、右事実によれば、昭和五三年一〇月三〇日以降の賃料は月額金四二万五三八五円に、昭和五四年九月四日以降の賃料は月額金四三万九一八五円にそれぞれ増額する旨意思表示したものと認めることはできても、原告の主張する如く遡及的に増額の効果を許容することはできない。

二  そこで、原告の各増額の意思表示が有効か否か検討する。

まず、被告は、昭和四六年から昭和五一年までの各三月になされた増額の意思表示には、具体的な額が明示されていなかった旨主張する。しかし、もしそのとおりであったとしても、増額の意思表示は、借地法上のその要件を具備する限り、有効と解すべきである。

ところで、原告は、前述のとおり昭和四六年三月に同年四月以降の賃料を増額する旨意思表示したのだが、これは、東京地方裁判所の決定によって、本件土地の賃料が月額金五万一七五〇円に確定した昭和四五年九月一九日からわずか五か月を経てなされたものであって、借地法上の相当期間の経過なる要件を到底満すものとはいえないから無効というべきである(もっとも原告は、本訴で昭和四六年一〇月分からの差額請求をしているけれども、そもそもその根本となる増額の意思表示が有効とは認められない以上、右一〇月分以降の差額の支払請求権も発生する余地がない)。

次に、《証拠省略》によれば、本件土地に対する公租公課は、昭和四五年度は金一一万九六六四円(月額にして金九九七二円)であったのに、昭和四六年度以降別表(二)のとおり年々増課されており、また東京都区の消費者物価指数も(昭和五〇年を一〇〇として)、昭和四五年は綜合で五四・四、家賃物価指数で六八・四であったが、昭和四六年以降別表(二)のとおり順次上昇して来たことが認められる。

そうすると、昭和四七年から昭和五一年までの各増額の意思表示および本訴中になされた前記の各増額の意思表示は、いずれも有効と解して妨げないであろう。したがって、本件土地の賃料は、昭和四七年から昭和五一年の各四月一日以降および昭和五三年一〇月三〇日以降と昭和五四年九月四日以降、その各時点における適正賃料額にそれぞれ増額されたものといえる。

三  そこで、右各時点の適正賃料額を検討する。

《証拠省略》を綜合すると、本件土地は、東急池上線池上駅北方(直線距離で)約六五〇メートルの地点に所在し、第二京浜国道(巾員約三〇メートル)と側道(巾員約七メートル)に接する角地で、準工業地域、第二種工業地域、容積率二〇〇パーセントの指定を受ける地帯に属し、被告は、本件土地を、別紙物件目録(二)記載の建物である高層かつ堅固建物の敷地の一部として利用しているが、近隣の標準的な土地利用状況としては、木造の二階建建物、住宅等の敷地に利用されていること、したがって、本件土地の賃料算定について、いわゆる比準方式を採用することは困難であること、

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、右鑑定の結果によれば、本件土地については、適正賃料額の算定方法として、いわゆるスライド方式によるのが妥当であり、それに用いる指数については、家賃統計指数が、地代上昇の要因も含み、総合物価指数よりも精度が高いので、これを用いるのが妥当であること、昭和四五年一〇月時点(すなわち、前記東京地方裁判所の決定により本件土地の賃料が月額金五万一七五〇円に確定した翌月の時点)での、本件土地の純賃料は、右月額賃料から当時の公租公課月額金九九七二円を控除した金四万一七七八円であることが認められる。

《証拠省略》には、右認定と異なる見解が記載されているが、その純賃料額は、前記東京地方裁判所の決定した月額賃料が適正でないとの前提に立って、これを無視して独自に算出したものであって、到底妥当とは解しがたいし、またそのスライド指数の選択に関する意見も、前記鑑定結果ならびに諸般の事情を考えるとき、必ずしも合理的なものとはいえない。

そこで、昭和四五年一〇月時点の右純賃料を基準に家賃物価指数によってスライド方式で適正賃料を算定すると別表(三)記載のとおりとなる。

したがって、各増額された賃料の昭和四七年四月から昭和五四年四月までの合計は、別表(四)記載のとおり金一〇〇七万六四二九円である。

他方、被告が昭和四七年四月以降、別表(一)被告供託額欄((2)ないし(9))記載の合計金五五六万一四〇〇円を賃料として供託していることは当事者間に争いがない。しかし、《証拠省略》によると、右欄(9)記載の金三四〇万八六〇〇円には、昭和五四年五月分の賃料(金一三万一一〇〇円)も含まれていることが認められるから、原告において同年四月までの増額賃料と被告の供託賃料の差額の支払を求めている以上、右五月分の供託金は、右増額賃料額から差引くべきでない。したがって、差引くべき供託賃料額は、合計金五四三万三〇〇円である。

それ故、結局被告は原告に対し前記金一〇〇七万六四二九円から右金五四三万三〇〇円を控除した金四六四万六一二九円を支払う義務がある。

なお、被告の抗弁については、原告が被告主張の小切手二通を受領したことは当事者間に争いがないけれども、弁論の全趣旨によると、原告においていまだ右小切手を取立をしていないことが認められるので、少くとも右小切手の額面相当額の賃料債務消滅の効力は認めることはできないと解せられるので採用しない。

そして、本件土地の月額賃料が、昭和五四年五月一日以降金一九万一九五三円、同年九月四日以降金二〇万七〇二一円であることは、すでに述べたとおりである。

四  よって、原告の本訴請求は、被告に対し金四六四万六一二九円の支払を求め、かつ、本件土地の月額賃料が昭和五四年五月一日以降金一九万一九五三円、同年九月四日以降金二〇万七〇二一円である旨の確認を求める限度でいずれも理由があるから認容し、右限度を超える請求部分はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大澤巖)

〈以下省略〉

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